人生 自分最優先!~ 海洋散骨のススメ
祖母、父を見送ったとき、祖母の遺言、父の遺言通りに守った。(いずれも 口頭)
★ 祖母
「あの世に行くのは年齢順。ヤッちゃんが バアチャン、お父さんを見送るのが
1番の親孝行! 親にとって、子の葬式を挙げるのが、生きてて1番つらいことなんだから。
バアちゃんが 死んだら、竹ノ塚の お寺のお墓に入れて!」
と 幾度となく、言われていた。
なので 当然、その通りにした。
しかし、遺言を守ったのはいいが、母、妹たちは、父、祖母の介護を完全放棄。
さらには 私が 祖母の最期を看取ったので、兄である私に
「最期まで看取ったとき、祖母の預貯金、どこに隠した??」と追求してきた。
国保は 最期に、喪主に 7万円の葬儀手当を支給して終了するが、
その7万円を、喪主である私が受け取ったことに、母は烈火の如く、怒った。
「おいおい!葬儀費用、出したの、俺だよ!!」
そんなこんなで 相続が 争族となり、一家離散。
親族関係も 完全崩壊した。
ドラマの「渡る世間は 鬼ばかり」
私にとっては 「さすがドラマ! なんて ハッピーエンドなんだろう。」
という感じだ。
そんなことがあったから、
母は 相当 私のことを、お寺に悪く言った、と推測できる。
真言宗豊山派 竹ノ塚・萬福寺
なんと! このお寺は、祖母の 1周忌(2010 年)、3周忌、7回忌、13回忌・・・
一切、私には 知らせず、勝手に済ませている。
もちろん、お墓参りしながら、私は それとなく挨拶がてら、穏やかに聞き出すようにしているが、
常に 答えない、話題をはぐらかす・・・
一方的に、母(と たぶん、亀有の親戚も グルだ)の言い分のみ、聞き入れ
私の言い分には、まったく耳を貸さない。
これが 宗教法人、人の道を説く者の態度なのか?
と 正直、あきれてしまう。
どうにも悔しいが、祖母が 自分が入る墓、と決めてたお寺だから、
まさか、墓仕舞いするわけにもいかない。
私は 泣き寝入り同然だ。
祖母の田舎 北川辺町(現 加須市)の親族も、急に 年賀状も来なくなった。
★ 父
祖母の葬儀、その後の 寺の 邪険な対応を体感したので
父のときは、遺言通り、墓は作らず、墓に入れず、散骨にした。
東十条店のとき、父はよく、お客さんと 笑って話していた。
「死んじゃったら、痛いもかゆいも、美味いもまずいも、わからない。
葬式とか、墓なんて、金かけて豪華にやってくれても、うれしいかどうか?
なんて、わからない。
下手に墓を立派にすれば、一生、高いお金を支払い続けて、檀家でいなければならなくなる。
お金を払えなくなったら、無縁仏に移されるだけ。
だったら、生きている間に 旅行に出かけたり、美味いもの、食ったほうが
人生、後悔しないで、楽しめる。」
そんな話をして、店を 手伝っている私に
「墓なんか、いらないし、葬儀も、区民葬儀の1番安いのでいい。そんなものに
金、かけるなら、美味いもの、食べに行こう!
年の順だと、おとうさんが先だから、死んだら 荒川にでも 放り込んでくれればいい」
と言って、お客さんともども 笑っていたら、さすがに私は
「そんなことしたら、俺が 死体遺棄で逮捕されちゃうよ。
『東十条の小鳥屋の長男、死体遺棄で逮捕』なんて、テレビや新聞に出たら、
恥さらしになるし、さすがに生きていけないよ。」
と 私は答えていた。
振り返れば、私は 親父の希望を叶えるため、
貧乏人なりに、がんばった。
日本三景の松島を、見に行きたい。
というので、実際に、簡保センターの バリアフリーの部屋の宿泊の手配もして、
車椅子ごと、ドライブしながらつれて行ったし、
2004年は 夏休みを先輩に譲って働いた分、有給休暇を ドカンととって、
父にとっての 初海外。 Hawaii の Kawano family と 初めての対面となった。
結局、その後 店の老朽化、引越、私の転職等で 行けず、
ハワイが、人生 初めて、かつ唯一の 海外旅行となってしまったが。
父の葬儀の際、親戚から言われた。
「(入谷)鬼子母神の檀家でいるのは、高いから、私たちが将来、年金生活になったら、
とても払えない・・・・ウチも いずれ檀家を降りるつもりだから、ヤッちゃん、
悪いけど、お父さんを 鬼子母神のお墓に入れないで欲しい・・・・」
母は 何が気に入らないのか?
父の 実家(入谷)を バカにしたり、毛嫌いしている。
正月の挨拶も 夫婦仲、世間体を保つために、われわれ子供を連れて行ってたのは、
ガキの私でも 察していた。
なので 当然のことながら、父方の 入谷鬼子母神のお墓参りをするのは、父と私だけ。
父が脳梗塞で倒れてからは、私だけしか、お墓掃除も お参りも してない。
なので 親戚の申し出は、むしろ私にとっても、ありがたかった。
誰だって、日々、年齢が進むから、いずれ 高齢者となり、
働けなくなるときがくる。
もちろん私は、働かない、働きたくもないが、収入は 一生得続けるつもりだが、
大半の国民のように、年金だけになったら お布施を払う余裕など、皆無になってしまう。
(日本政府は、増税や 社会保険の負担増しか、考えないから、
いずれ、年金がもらえたとしても、可処分所得は 限りなく0に近づいてしまう。)
老後サバイバルの際、檀家として、お布施を払うのは、先々、人生の痛みとなる。
それが、回避できることになったのだ!
祖母のお寺の態度を見て、下手にお墓になんか、入れられない、
と痛感してたので、迷うことなく、海洋散骨を通した。
(正確には、名古屋の妹には、一応『親父に孫の顔を見せられた』お礼感覚で
お墓は作らないけど、自然葬、樹木葬に関しては、打診はした。
『なんか、ピンとこないんだよね・・・・』
と言ったのを幸いに、私は 海洋散骨の話をしたら、あっさり 同意を得られた。)
親父の遺言を守り、私が死体遺棄罪にならぬよう、散骨にした。
荒川、鯛の浦、松島・・・
親父が話していた 荒川と、親父が好きだった海に、海洋散骨して、
私は 「少子高齢化、お寺も 後継者難の、これからの日本は、
墓を作らず、海洋散骨だ」
と確信した。
世界は 海でつながっているから、海洋散骨なら
たとえ 海外移住したって、精神的繋がりは続くし、
墓の管理など、手間や金もかけずに済む。
寺と、墓石屋、墓地業者が困ることにはなるが、
宗教法人非課税で 坊主丸儲けの日本、
国民の酷税の苦しみに比べれば、修行より楽なものだ。
キッチン・ハマダの 浜田さんは 親父さんお葬式に お金をかけた。
独立して 親と別の道を進んだから、余計、そういう思いがあったからだと思う。
十条・天金で 親父とその話を聞いたが、
親父は 「葬式に金かけるなんて、もったいないこと、してほしくない。」
と 荒川に投げ込んでくれればいい話を そのときもしていた。
葬式、お寺、海洋散骨を通して、
私は 無理に 自分の跡継ぎ云々という発想も 転換できた。
自分だって、いずれ、死ぬときが来るが、
子供がいたとしても、果たして 墓の管理とか、墓参りまで 押し付けられない・・・
ずっと悩んでいたが、初詣で 香取神宮に行ったときに、伊能忠敬の人生を知り
調べたら、なんと!
祖母や 父と よく通った 「門前そば 筑波」のすぐ近く 源空寺に お墓があった。
台東区東上野6-18-12 (お墓) 台東区東上野6-19-2 (源空寺 本堂)
幕府天文方の 天文学の師匠(測量術を編み出す元) 高橋至時、景保 親子の墓と並んでいる。
(台東ナビ 高橋至時の墓の 住所が 墓地。 伊能忠敬の墓の住所が 本堂になっている)
これほど 日本が 独立国を保つことに 貢献した歴史上の著名人が
現在、子孫はいないそうだ。
(フィギュアスケートの 織田信成は、織田信長の末裔)
「無名の自分は 墓を残すことなんかに、こだわる必要など、ない!」
と 我が意を得た思いだ。